どうも、日本百合学会の百合漫画研究家の者です。(久しぶりに使った・・・)
1/25に発売の本作。
早速読んで、身悶えさせて頂きました。
この本は・・・一言で表現するなら・・・。
エモさの鈍器で脳天を何度も打ち付けてくる。
そんな百合マンガです。
相変わらず緩急の付け方がエゲつない。
二人共よそよそしく距離感作って何気ない感じで振る舞ってる・・・みたいなところから。
急に涙を見せたりハグしたり赤面したり。
まだ心の準備が出来てない状態から急に尊さを見せつけられて思わず変な声が出ちゃう。
そんな百合マンガです。(二回目)
4巻の感想記事をご覧になって頂いているということは、こんなこと百も承知ですかね・・・。
というわけで以下、ネタバレ感想記事となります。
感想
水族館部員として着実に成長している小夏。
3巻で言われた「ひとりでも大丈夫」という言葉がずっと頭に残っている小雪。
4巻序盤はひたすら寂しそうな小雪が描写されていましたね・・・。(そもそも3巻の時点から相当寂しそうでしたが)
中盤を少し過ぎるまでは「寂しい」がメインフォーカスでしたが、
終盤では卒業をターゲットにした「寂しい」+「イメージどおり振る舞わなければ」という小雪本来の悩みがメインになってましたね。
中盤の修学旅行終了までの、恋い焦がれる学生のような小雪の若々しさが堪らない。(学生なんですが)
読みながら身悶えました。
中盤くらいまではジタバタ身悶えながら読んでいたのですが、第16槽はかなり毛色が違う。
小夏と出会ったことでとても良い表情をするようになった小雪。
子どもらしく「やったぁ!」とはしゃぐ姿は、今までの小雪では考えられなかったもので・・・。
周りのイメージと違う自分を見せてしまった事を後悔する小雪を、これでもかという位甘やかす小夏。
小夏といると、自分はどんどん変わっていってしまう。小夏がいないと、駄目になってしまう。
それでも、卒業の時期が迫っている。卒業してしまえば、小夏と一緒にいられない。もう、甘えられない。
ぐるぐると考えが巡る中、頭の中に思い浮かぶのはあの小説。
「いっそ山椒魚になれたらいいのに」
非常に深いシーン。
このセリフ、果たしてどっちのセリフなのか…。
卒業しても一緒にいたい。カエル(小夏)を閉じ込めて一緒にいたいという山椒魚(小雪)の気持ちなのか。
しかし、一緒にいたいと思っているのは小雪だけではなく、小夏も同じでは・・・?
と考えると、どちらが発していたとしてもおかしくないセリフなんですよねぇ。
まぁ何の疑いもなく読めば山椒魚=小雪という線は間違いないのですが。
4巻最後のコマ。二人の奥に描かれている扉が、岩屋を彷彿とさせますね・・・。
井伏鱒二の「山椒魚」において、山椒魚が最初に岩屋の中にいたのは二年。そしてカエルを閉じ込めてから一年、二年・・・。
なんか、高校生の三年間と微妙にリンクしていて、図らずしも深い・・・。(萩埜まこと先生は図っているのかもしれませんが)
蛇足(エモかったシーン)
主に2つ。
百合漫画読んでる時の自分を見ているかのようだ pic.twitter.com/2r1DU4dsne
— サラリーマン黙示録@日本百合学会 (@nekomata_tokyo) 2019年1月24日
ここ可愛すぎた。
連絡きてたって事実で、悶えちゃう小雪。
可愛すぎかよ・・・・・・可愛すぎるのかよ・・・・・・・。
そして最後。小夏の「おいで」。
ここはもうねぇ・・・。結構深いシーンだけど、このセリフとハグにはニヤけずにはいられないですよね・・・。
小雪がジタバタしていたからかもしれませんが、相対的に小夏が大人に見えますね。
「おいで」とか、余裕が感じられる。
あぁ、5巻までが遠い。
はにがれは作者によると百合と定義しないそうですよ
https://twitter.com/93choco/status/1099948966492262400
匿名さん
ありがとうございます、作者さんは百合マンガとして描いていなかったのですね・・・始めて知りました。
人が支え合うお話であってガールズラブを特色して描いているわけではない、という感じのニュアンスなのでしょうか。
百合って難しいですね・・・。
そこに尊さを感じてしまったら、百合作品として見てしまう自分がいます・・・。